ただ気ままに書くノート

日常感じたことなどを気ままに綴ります。

引きこもりという言葉が一人歩きしているように思うこと

 メインブログを運営しているなかで、特化ブログのはずが、時折日常感じる雑感も綴るようになっていきました。純粋に書くことが好きなのです。

 ある時、はてなスターボタンを非表示にしました。そこから、はてなブックマークをつけていただくようになっていきました。SNSでいう「いいね」の感覚なのでしょうか。すると、予想していなかった、はてなブックマークの新着エントリー入りをするようになり、はてブコメントというものに困惑することがありました。

わたしは、議論を交わしたいがために雑記を書いているわけではなく、自分の感じたことや考えたことを書き残す、いわゆるアウトプットのために書いています。

 自分が招いたことなのだろうけど、まったく予期しない反応が起きて、はてなブックマークボタンも非表示にしました。購読しているブログは今も読んでいるのですが、スターやブックマークをつけることは足跡になるので、やめています。まるで、はてなブログ界での引きこもりみたいだなと、自分で思いながらひっそりとやっています。

  「引きこもり」といえば、ここ最近の続いた事件の影響で、「中高年の引きこもり問題」が連日ニュースで報じられています。事件が起こる1.2ヶ月くらい前から、やたらと中高年の引きこもりという言葉が流れていて、報道番組の特集でもやっていたのです。内閣府の調査報告によるものだったと思うのですが。ちょうど、その後に川崎と練馬の中高年の引きこもり問題が関わる事件が続いたため、個人的にはすこしは刺激された部分もあったのではないかと感じました。世間が中高年の引きこもりについて騒ぎはじめているぞと。勝手な憶測。

 事件が続いた後の中高年の引きこもり問題を取り上げる報道を見ていると、まるで引きこもりという言葉が一人歩きしているように思います。引きこもりの定義を理解していない人たちが、さもまともだと言わんばかりにコメントしているのも見受けられます。

 

引きこもりとは*1

引きこもり(引き籠もり、ひきこもり、英語表記 hikikomori)とは、仕事学校に行けずに籠り、家族以外とほとんど交流がない人の状況を指す。現時点では、日本の厚生労働省はこうした状態が6か月以上続いた場合を定義としている。また内閣府は引きこもりの実態を把握するために、15歳〜39歳までの若年層を対象に調査してきたが、引きこもりが長期化する人が増えていることから、2018年12月、40歳から64歳を対象とする初めての調査を行い、40歳から64歳で引きこもりの人は、推計で61万3,000人に上り、15歳から39歳を対象にした調査で推計した54万1,000人より多くなっている。

 

 また、最近では広義の引きこもりという定義も提唱されてきています。

国が用いる定義では、仕事や学校などの社会参加を避けて家にいる状態が半年以上続くことを言う。内閣府調査では、ほとんど自室や家から出ない「狭義のひきこもり」に加え、趣味の用事のときだけ外出する人も含めた「広義のひきこもり」を推計している。従来は専業主婦(夫)や家事手伝いは一律にひきこもりから除外していたが、今回から変更。回答から、最近半年間に家族以外との会話がほぼなかったとわかる人は、ひきこもりに含めている。*2

 

 これを見ると引きこもりにあてはまる人って、ものすごい数の人口ではないかと思います。専業主婦の人たちも、広義の引きこもりとみなされるとなれば、かなりの人数になります。

そもそも、専業主婦は立派な仕事だと思うのですが、家族以外と半年間接点がほぼなければ引きこもりとみなされるのですね。

 引きこもりが犯罪予備軍であるという論調は、危険だなと思うのです。毎日ニュースやワイドショーを見ていると、中高年の引きこもり問題を取り上げて声高に論議してはいるけど、まるで、引きこもりは犯罪予備軍だと前提で話している人ばかり。そして、しっかり引きこもりの定義について、説明している番組がないのも怖くなります。

 引きこもりになった理由や原因は、ひとそれぞれあるのでしょう。過労のために体調が悪化して仕事に行けなくなったり、職場の人間関係が上手くいかなかったり…。本当に人それぞれだと思います。

 世間から見れば引きこもりであっても、在宅で仕事をしている人もたくさんいるのではないかな。それによって、しっかり生計を立てていれば、その生き方もいいのではないかと思うのです。

 大体、芸術家と呼ばれる人たち、作家や画家、漫画家などの職業は、ある意味、他人から見れば引きこもりなのでは。何も外で労働することだけが、正解ではないはず。そもそも、生き方、働き方に正解はない。

 引きこもりは問題!悪いことなんだと決めつけてかかるのでなく、もう少し鷹揚に捉えてもいいのではないかと思います。もう、いい加減に、生きづらさを抱える人を追い込むような圧をかけないようにしようよと。

みんなが同じような生き方をして当たり前とするより、「いろんな人がいていいよね」と思えるような社会になって欲しいなと、つくづく思うのです。生きづらさばかりを感じるより、その人らしさを大切にして生きられる世の中になりますようにと願うばかりです。

 

*1:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

*2:2019-03-29 朝日新聞 夕刊 1総合